デス・オーバチュア
第234話「女神の滅する(帰る)場所」



彼の手を選んだ時、わたしは全てを捨てた。
一族も、世界も、愛しき地上も、誰よりも慕った……さえ……。
彼さえいれば……他に何もいらなかった。
女神失格、最低の女に成り下がってもいい。
この恋だけがわたしの全てだった……。


『クロス……クロスティーナ、クロスティーナ・カレン・ハイオールド!』
「……ん……んん……」
呼ぶ声が聞こえる。
『目覚めよ、大地に属する神の末裔……我が成れの果てよ!』
「……誰が成れの果てよ!?」
聞き捨てならない発言が呼び水になり、クロスの意識は一気に覚醒した。
「……あれ? あたしどうして……?」
確か、十二匹の水龍に包囲されて……。
水龍の爆発と共に意識も四散し……気がついたら『此処』に居た。
「……えっと、また内面世界だか、精神世界ってところ……?」
周囲は真っ暗で何もない。
『ええ……わたしがあなたと話せるのは……あなたの中(此処)だけだもの……』
暗黒の世界に存在する唯一の明かり、クロスの前方に赤みを帯びた黄色……琥珀色の光が存在していた。
「……セレスティナ……よね?」
『ええ、わたしは大地(セレス)の女神(ティーナ)……あなたの起源(ルーツ)……始原(アルファ)の大地……』
「いつも以上に勿体ぶった感じね……」
クロスの別人格……本人の弁を信じるなら『前世』であるセレスは、いまだに得体が知れない存在である。
意識……声として語りかけてくることはあっても、『姿』すら見せたこともなく、会話(意志疎通)もシルヴァーナを間に介するのが基本だった。
「まあいいわ、あなたとは一度じっくりと話し合いたいと思っていたのよ……あなたは、いつも一方的だしね……」
何度か『自分会議』をしたが、セレスは基本的に要求を上から押しつけるだけで、対等な話し合いなど行われたことがない。
「とりあえず『形』をとってくれない? 此処でなら、あなたとして具現化できるのでしょう?」
『わたしの姿? 鏡でも見なさい』
「うっ……」
ミもフタもない返答だった。
「まあ最後だし……いいわ、鏡を用意する手間を省いてあげる」
「最後?……うっ!?」
爆発的な琥珀色の閃光が、クロスから一瞬視界を奪う。
閃光が消え視界が戻ると、もう一人のクロスが彼女の前に立っていた。
「……確かに、鏡のように生き写しね……」
もう一人のクロスは、ヘスティアのような白いチュニックドレス(人のイメージする女神らしい衣装)を纏っている。
銀髪はクロスよりも神々しい輝きを放ち、瞳は赤みを帯びた黄色……大地の色たる琥珀色だった。
「瞳の色を除けば、全てがあたしと同じ……」
「あら、わたしの方が少しだけ女性的魅力があると思わない?」
琥珀色の瞳のクロス……セレスはクスリと悪戯っぽく笑う。
「同じ顔でしょうが……」
口ではそう言いながら、確かに彼女の方が少し美人だとはクロスも思っていた。
経験を重ねた女だけが持つ色気というか、女神のみが持つ神聖さというか、十六年しか生きておらず、人間でしかないクロスには無いものを彼女は持っている。
「あなたはまだ、女としての色気も、神としての気品も全然足りない。もっと美しく、もっと神々しくなりなさい……あなたはわたしなんだから……」
「むぅ〜」
言い返したいのに、なぜか言い返せない。
「ところで、あなた弱いわね」
「なあっ!?」
「姉様……タナトスほどじゃないけど、負けてばかりじゃない? というか勝ったことってあったかしら?」
「あるわよ! 勝ったことぐらいいくらでも……えっと……」
「ああ、別に振り返らなくていいわよ。本題はここから……クロスティーナ」
セレスは悪戯っぽい笑みを消し、真顔でクロスの名を呼んだ。
「な、何よ……急に怖い顔して……」
「よく考えて返答して……『力』が欲しくない?」
「何よ? 欲しければくれてやる!……とかありきたりなセリフでも言うわけ、女神様?」
「然り!」
茶化すように言うクロスに、セレスは真剣な……厳しい表情で肯定する。
「う……どういう意味よ……?」
「言葉通りよ。わたしの力を……わたしの全てをあなたにあげる……わたしとあなたは一つに帰るのよ……」
セレスの声と表情は、茶化すことは許さないといった感じのとても厳しいものだった。
「一つに……帰る?」
「ええ、そうよ……そうすれば、女神としてのわたしの力と知識は全てあなたの物になる……あなたが一生修行しても手に入らない強さが……神の力が労せず手にはいるのよ……こんな美味しい話滅多にないわね〜」
「美味しい話には裏があるものよ……あなた、あたしを乗っ取る気じゃないの? あたしはあたしでいたい! あなたにもシルヴァーナにも浸食されたくない! まあ、体を貸すのは今まで通り許してあげるけど……この体は、今世の生はあたしの物なんだからっ!」
「当然の主張ね……でも、安心して、これは『融合』じゃない……わたしという存在はあなたの中で滅して、あなたはわたしの全てを得る……それだけよ」
「……そんな一方的にあたしだけに美味しい話を信じろって言うの?」
「信じなさい、『自分』ぐらいは……」
「…………」
他人は信じなくてもいいから、自分自身(前世の自分)ぐらいは信じろ……セレスはそう言っているのである。
「前にも言った……あ、言ったのはシルヴァーナだったかな? わたし『達』はその気になれば簡単にあなたを乗っ取ることができるのよ」
「…………」
「でも、それはしない。なぜなら、わたし達はあなたが好きだから……それに、現世はあくまであなた(クロス)のものだと解っているから……」
「セレスティナ……」
「乗っ取る以外にも、あなたと別れて、人形なり、植物状態の人間に宿るなりして、現世に蘇る手もあったけど……それをやったら、もうわたしがわたしじゃなくなる気がするし……」
「…………」
「まあ、一言で言うなら、もう生きるの面倒だから滅しちゃうおうかな〜と」
軽い調子でそう言うと、てへっと可愛らしく笑った。
「おい……」
「というわけで、後は『全部』あなたに任せるわ」
「そんな勝手に……」
「いらないの、神の力?」
「うっ……それはちょっと……欲しい……かな?」
「はい、決定。じゃあ、後は宜しく……」
「あ……ちょ……うっ!?」
セレスは突然クロスを抱き締めると、己の唇でクロスの唇を塞ぐ。
「クロスティーナよ、我が力と意志を継ぎ、大地を守護せよ!」
唇を離すと、琥珀の瞳に強い意志を宿らせ、クロスに命じた。
「……解ったわよ……やってあげるわよ! 大地の女神様を!」
「よく言った! 受け取りなさい、わたしの全てを!」
「んんっ!?」
再び、クロスの唇を奪ったかと思うと、セレスの姿は琥珀色の光の粒子になって、クロスの中に吸い込まれるように薄れていく。
『じゃあ、『娘』と『恋』を宜しくね〜』
「え、ちょっと待ちなさい!? 今、なんて……」
「果たせなかった恋はあなたに託すわ……あなたの人格には手を出さないけど……わたしの想いだけは引き継いでね……そのために……わた……し……生まれ変わっ……て……様……もう一度……ぉ……っ……」
「だから、待ちなさいって……セレスティナァァッ!?」
大地の女神(セレスティナ)は一粒残らずクロスの中に吸い込まれ、この世から滅した。



「どなただったかしらぁ〜?」
狂月(きょうげつ)の魔皇セレナ・セレナーデは、クリーシスを抱きかかえている女に尋ねた。
橙色(オレンジ)の髪と瞳をした長身の女ディーラーは、答えの代わりに嘆息する。
「ていうかぁ〜、なんであなた『無傷』なわけぇ〜?」
この女が、降り注ぐ黒死蝶の群れとクリーシスの間に飛び込んでくるのは見えた。
だが、地上に激突した黒死蝶達が黒炎に転じ、地上を完全に焼き尽くした後に、この女は平然と立っていたのである。
まるで、全てが無効、あるいは全てをかわしたかのように、まったくの無傷で健在だった。
「……昔の……よしみだ……」
女ディーラーが初めて口を開く。
「よしみぃ〜? その子とお友達か何かなのぉ〜?」
「…………」
何も答えず背中を向けると、当然のように歩き出した。
「ちょっと逃げるのぉ〜? というか、逃げられると……」
「……君の相手は俺じゃない……」
「えぇ〜?」
「水流三叉(すいりゅうさんさ)!」
女ディーラーの呟きを掻き消すような大声と共に、三又の矛(トライデント)がセレナを貫こうと飛来する。
「ちっ!」
舌打ちしながらセレナは、超高速で飛来したトライデントを左手で掴み取った。
「その首取った!」
セレナの背後(死角)に出現したリセット・ラストソードが、彼女の首を刎ねようと黒一色の剣を振り下ろす。
「ふん」
「がああああっ!?」
六枚の暗黒翼の羽ばたき、ただそれだけでリセットは弾き飛ばされていた。
「何を帰ってきているのよぉ〜? この……」
セレナの声を遮る轟音と共に、極太の琥珀色の光輝が天から襲いかかる。
「人形共がああっ!」
自分より巨大な光輝を、セレナは右手の裏拳一つで弾き飛ばした。
弾かれた光輝が、遙か遠方の地で大爆発を起こす。
「水! 龍!」
「うるさいっ!」
「ぬおおおおっ!?」
セレナは、トライデントを地上へと投げつけた。
トライデントが地上に激突した爆発に持ち上げられ、水の妖精姫セシアが姿を現す。
「そっちもしつこい!」
「嘘っ!?」
いきなり何もない虚空に右手を突き出したかと思うと、顔面を鷲掴みにされたリセットが出現した。
「私の超加速が見え……」
「そこの蠅も下りてきなさいよぉぉっ!」
「きゃあああっ!?」
空高く投げ捨てられたリセットは、いつの間にか迫っていた琥珀色の光輝の第二波と激突する。
「それが嫌なら消えなさいぃっ!」
セレナが無造作に右掌を天へと突きだすと、琥珀色の光輝の数倍のサイズと出力の赤い光輝が解き放たれた。
ただの魔力砲……溜めも錬成もなく、軽く魔力を撃ちだしただけの行為である。
だが、赤い光輝は見た目通り、琥珀色の光輝の数倍の威力を有していた。
「……ん?」
天を穿つ赤い光輝を迂回するようにして、巨大な光輝の輪がセレナに襲いくる。
「天使の輪ぁ〜? くだらないぃっ!」
セレナは突きだしていた右手で手刀を作ると、光輪を真っ二つに断ち切った。
「隙ありっ!」
いつの間にか舞い戻ったリセットの剣がセレナの背中に迫る。
「隙なんてないわよぉ〜」
「うぅっ!?」
六枚の暗黒翼の隙間から、無数の黒死蝶が飛び出し、リセットに取り付くと瞬時に覆い尽くした。
リセットを覆い隠した黒死蝶は黒炎に転じ、地上へと落下していく。
「後二体……」
「天禍・水龍慘盡(てんか・すいりゅうざんじん)!!!」
十二方位から十二匹の水龍が同時に喰らいかかり、上空からは三度、琥珀色の光輝が降った。



「……気は済んだぁ〜?」
水龍と光輝の爆発が収まると、エナジーバリアに包まれた気怠げな表情のセレナが姿を現した。
セレナからは、相手するのが面倒臭いというか、かったるいといった雰囲気を溢れさせている。
「ぬうう……なぜ、妾の技がこうも容易く……」
眼下を見下ろすと、女ディーラーとクリーシスの姿はなく、納得いかない表情をしたセシアの姿だけがあった。
「ならば我が奥義……」
「あなた、龍が好きみたいだからプレゼントしてあげるぅ〜」
「なんじゃと!?」
突如出現した黒炎の龍が、あっさりとセシアを呑み込むと地平の彼方へと消えていく。
基本的に、アンブレラの「魔皇暗黒双龍餓(まおうあんこくそうりゅうが)」と同じような技のようだった。
黒炎の龍は一匹だけだったが、アンブレラのように予備動作というか、気(力)を練ったり高める必要がなく、黒死蝶と同じく簡易にポンと呼び出されたようである。
「これで後は蠅一匹……」
「アースノヴァァァッ!」
視線を上空に向けようとした瞬間、地上から解き放たれた琥珀色の光輝がセレナに直撃した。
「痛っ……何で逆から来るのよぉ〜?」
直撃したにも関わらず、見た目には無傷のセレナは、地上に銀髪の少女を視認する。
「あれ、効いてない? 初めてだから上手く撃てなかった?」
神々しい銀髪に琥珀色の瞳をしたクロスが、空のセレナに向けて両手を突きだしていた。










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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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