デス・オーバチュア
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彼の手を選んだ時、わたしは全てを捨てた。 一族も、世界も、愛しき地上も、誰よりも慕った……さえ……。 彼さえいれば……他に何もいらなかった。 女神失格、最低の女に成り下がってもいい。 この恋だけがわたしの全てだった……。 『クロス……クロスティーナ、クロスティーナ・カレン・ハイオールド!』 「……ん……んん……」 呼ぶ声が聞こえる。 『目覚めよ、大地に属する神の末裔……我が成れの果てよ!』 「……誰が成れの果てよ!?」 聞き捨てならない発言が呼び水になり、クロスの意識は一気に覚醒した。 「……あれ? あたしどうして……?」 確か、十二匹の水龍に包囲されて……。 水龍の爆発と共に意識も四散し……気がついたら『此処』に居た。 「……えっと、また内面世界だか、精神世界ってところ……?」 周囲は真っ暗で何もない。 『ええ……わたしがあなたと話せるのは……あなたの中(此処)だけだもの……』 暗黒の世界に存在する唯一の明かり、クロスの前方に赤みを帯びた黄色……琥珀色の光が存在していた。 「……セレスティナ……よね?」 『ええ、わたしは大地(セレス)の女神(ティーナ)……あなたの起源(ルーツ)……始原(アルファ)の大地……』 「いつも以上に勿体ぶった感じね……」 クロスの別人格……本人の弁を信じるなら『前世』であるセレスは、いまだに得体が知れない存在である。 意識……声として語りかけてくることはあっても、『姿』すら見せたこともなく、会話(意志疎通)もシルヴァーナを間に介するのが基本だった。 「まあいいわ、あなたとは一度じっくりと話し合いたいと思っていたのよ……あなたは、いつも一方的だしね……」 何度か『自分会議』をしたが、セレスは基本的に要求を上から押しつけるだけで、対等な話し合いなど行われたことがない。 「とりあえず『形』をとってくれない? 此処でなら、あなたとして具現化できるのでしょう?」 『わたしの姿? 鏡でも見なさい』 「うっ……」 ミもフタもない返答だった。 「まあ最後だし……いいわ、鏡を用意する手間を省いてあげる」 「最後?……うっ!?」 爆発的な琥珀色の閃光が、クロスから一瞬視界を奪う。 閃光が消え視界が戻ると、もう一人のクロスが彼女の前に立っていた。 「……確かに、鏡のように生き写しね……」 もう一人のクロスは、ヘスティアのような白いチュニックドレス(人のイメージする女神らしい衣装)を纏っている。 銀髪はクロスよりも神々しい輝きを放ち、瞳は赤みを帯びた黄色……大地の色たる琥珀色だった。 「瞳の色を除けば、全てがあたしと同じ……」 「あら、わたしの方が少しだけ女性的魅力があると思わない?」 琥珀色の瞳のクロス……セレスはクスリと悪戯っぽく笑う。 「同じ顔でしょうが……」 口ではそう言いながら、確かに彼女の方が少し美人だとはクロスも思っていた。 経験を重ねた女だけが持つ色気というか、女神のみが持つ神聖さというか、十六年しか生きておらず、人間でしかないクロスには無いものを彼女は持っている。 「あなたはまだ、女としての色気も、神としての気品も全然足りない。もっと美しく、もっと神々しくなりなさい……あなたはわたしなんだから……」 「むぅ〜」 言い返したいのに、なぜか言い返せない。 「ところで、あなた弱いわね」 「なあっ!?」 「姉様……タナトスほどじゃないけど、負けてばかりじゃない? というか勝ったことってあったかしら?」 「あるわよ! 勝ったことぐらいいくらでも……えっと……」 「ああ、別に振り返らなくていいわよ。本題はここから……クロスティーナ」 セレスは悪戯っぽい笑みを消し、真顔でクロスの名を呼んだ。 「な、何よ……急に怖い顔して……」 「よく考えて返答して……『力』が欲しくない?」 「何よ? 欲しければくれてやる!……とかありきたりなセリフでも言うわけ、女神様?」 「然り!」 茶化すように言うクロスに、セレスは真剣な……厳しい表情で肯定する。 「う……どういう意味よ……?」 「言葉通りよ。わたしの力を……わたしの全てをあなたにあげる……わたしとあなたは一つに帰るのよ……」 セレスの声と表情は、茶化すことは許さないといった感じのとても厳しいものだった。 「一つに……帰る?」 「ええ、そうよ……そうすれば、女神としてのわたしの力と知識は全てあなたの物になる……あなたが一生修行しても手に入らない強さが……神の力が労せず手にはいるのよ……こんな美味しい話滅多にないわね〜」 「美味しい話には裏があるものよ……あなた、あたしを乗っ取る気じゃないの? あたしはあたしでいたい! あなたにもシルヴァーナにも浸食されたくない! まあ、体を貸すのは今まで通り許してあげるけど……この体は、今世の生はあたしの物なんだからっ!」 「当然の主張ね……でも、安心して、これは『融合』じゃない……わたしという存在はあなたの中で滅して、あなたはわたしの全てを得る……それだけよ」 「……そんな一方的にあたしだけに美味しい話を信じろって言うの?」 「信じなさい、『自分』ぐらいは……」 「…………」 他人は信じなくてもいいから、自分自身(前世の自分)ぐらいは信じろ……セレスはそう言っているのである。 「前にも言った……あ、言ったのはシルヴァーナだったかな? わたし『達』はその気になれば簡単にあなたを乗っ取ることができるのよ」 「…………」 「でも、それはしない。なぜなら、わたし達はあなたが好きだから……それに、現世はあくまであなた(クロス)のものだと解っているから……」 「セレスティナ……」 「乗っ取る以外にも、あなたと別れて、人形なり、植物状態の人間に宿るなりして、現世に蘇る手もあったけど……それをやったら、もうわたしがわたしじゃなくなる気がするし……」 「…………」 「まあ、一言で言うなら、もう生きるの面倒だから滅しちゃうおうかな〜と」 軽い調子でそう言うと、てへっと可愛らしく笑った。 「おい……」 「というわけで、後は『全部』あなたに任せるわ」 「そんな勝手に……」 「いらないの、神の力?」 「うっ……それはちょっと……欲しい……かな?」 「はい、決定。じゃあ、後は宜しく……」 「あ……ちょ……うっ!?」 セレスは突然クロスを抱き締めると、己の唇でクロスの唇を塞ぐ。 「クロスティーナよ、我が力と意志を継ぎ、大地を守護せよ!」 唇を離すと、琥珀の瞳に強い意志を宿らせ、クロスに命じた。 「……解ったわよ……やってあげるわよ! 大地の女神様を!」 「よく言った! 受け取りなさい、わたしの全てを!」 「んんっ!?」 再び、クロスの唇を奪ったかと思うと、セレスの姿は琥珀色の光の粒子になって、クロスの中に吸い込まれるように薄れていく。 『じゃあ、『娘』と『恋』を宜しくね〜』 「え、ちょっと待ちなさい!? 今、なんて……」 「果たせなかった恋はあなたに託すわ……あなたの人格には手を出さないけど……わたしの想いだけは引き継いでね……そのために……わた……し……生まれ変わっ……て……様……もう一度……ぉ……っ……」 「だから、待ちなさいって……セレスティナァァッ!?」 大地の女神(セレスティナ)は一粒残らずクロスの中に吸い込まれ、この世から滅した。 「どなただったかしらぁ〜?」 狂月(きょうげつ)の魔皇セレナ・セレナーデは、クリーシスを抱きかかえている女に尋ねた。 橙色(オレンジ)の髪と瞳をした長身の女ディーラーは、答えの代わりに嘆息する。 「ていうかぁ〜、なんであなた『無傷』なわけぇ〜?」 この女が、降り注ぐ黒死蝶の群れとクリーシスの間に飛び込んでくるのは見えた。 だが、地上に激突した黒死蝶達が黒炎に転じ、地上を完全に焼き尽くした後に、この女は平然と立っていたのである。 まるで、全てが無効、あるいは全てをかわしたかのように、まったくの無傷で健在だった。 「……昔の……よしみだ……」 女ディーラーが初めて口を開く。 「よしみぃ〜? その子とお友達か何かなのぉ〜?」 「…………」 何も答えず背中を向けると、当然のように歩き出した。 「ちょっと逃げるのぉ〜? というか、逃げられると……」 「……君の相手は俺じゃない……」 「えぇ〜?」 「水流三叉(すいりゅうさんさ)!」 女ディーラーの呟きを掻き消すような大声と共に、三又の矛(トライデント)がセレナを貫こうと飛来する。 「ちっ!」 舌打ちしながらセレナは、超高速で飛来したトライデントを左手で掴み取った。 「その首取った!」 セレナの背後(死角)に出現したリセット・ラストソードが、彼女の首を刎ねようと黒一色の剣を振り下ろす。 「ふん」 「がああああっ!?」 六枚の暗黒翼の羽ばたき、ただそれだけでリセットは弾き飛ばされていた。 「何を帰ってきているのよぉ〜? この……」 セレナの声を遮る轟音と共に、極太の琥珀色の光輝が天から襲いかかる。 「人形共がああっ!」 自分より巨大な光輝を、セレナは右手の裏拳一つで弾き飛ばした。 弾かれた光輝が、遙か遠方の地で大爆発を起こす。 「水! 龍!」 「うるさいっ!」 「ぬおおおおっ!?」 セレナは、トライデントを地上へと投げつけた。 トライデントが地上に激突した爆発に持ち上げられ、水の妖精姫セシアが姿を現す。 「そっちもしつこい!」 「嘘っ!?」 いきなり何もない虚空に右手を突き出したかと思うと、顔面を鷲掴みにされたリセットが出現した。 「私の超加速が見え……」 「そこの蠅も下りてきなさいよぉぉっ!」 「きゃあああっ!?」 空高く投げ捨てられたリセットは、いつの間にか迫っていた琥珀色の光輝の第二波と激突する。 「それが嫌なら消えなさいぃっ!」 セレナが無造作に右掌を天へと突きだすと、琥珀色の光輝の数倍のサイズと出力の赤い光輝が解き放たれた。 ただの魔力砲……溜めも錬成もなく、軽く魔力を撃ちだしただけの行為である。 だが、赤い光輝は見た目通り、琥珀色の光輝の数倍の威力を有していた。 「……ん?」 天を穿つ赤い光輝を迂回するようにして、巨大な光輝の輪がセレナに襲いくる。 「天使の輪ぁ〜? くだらないぃっ!」 セレナは突きだしていた右手で手刀を作ると、光輪を真っ二つに断ち切った。 「隙ありっ!」 いつの間にか舞い戻ったリセットの剣がセレナの背中に迫る。 「隙なんてないわよぉ〜」 「うぅっ!?」 六枚の暗黒翼の隙間から、無数の黒死蝶が飛び出し、リセットに取り付くと瞬時に覆い尽くした。 リセットを覆い隠した黒死蝶は黒炎に転じ、地上へと落下していく。 「後二体……」 「天禍・水龍慘盡(てんか・すいりゅうざんじん)!!!」 十二方位から十二匹の水龍が同時に喰らいかかり、上空からは三度、琥珀色の光輝が降った。 「……気は済んだぁ〜?」 水龍と光輝の爆発が収まると、エナジーバリアに包まれた気怠げな表情のセレナが姿を現した。 セレナからは、相手するのが面倒臭いというか、かったるいといった雰囲気を溢れさせている。 「ぬうう……なぜ、妾の技がこうも容易く……」 眼下を見下ろすと、女ディーラーとクリーシスの姿はなく、納得いかない表情をしたセシアの姿だけがあった。 「ならば我が奥義……」 「あなた、龍が好きみたいだからプレゼントしてあげるぅ〜」 「なんじゃと!?」 突如出現した黒炎の龍が、あっさりとセシアを呑み込むと地平の彼方へと消えていく。 基本的に、アンブレラの「魔皇暗黒双龍餓(まおうあんこくそうりゅうが)」と同じような技のようだった。 黒炎の龍は一匹だけだったが、アンブレラのように予備動作というか、気(力)を練ったり高める必要がなく、黒死蝶と同じく簡易にポンと呼び出されたようである。 「これで後は蠅一匹……」 「アースノヴァァァッ!」 視線を上空に向けようとした瞬間、地上から解き放たれた琥珀色の光輝がセレナに直撃した。 「痛っ……何で逆から来るのよぉ〜?」 直撃したにも関わらず、見た目には無傷のセレナは、地上に銀髪の少女を視認する。 「あれ、効いてない? 初めてだから上手く撃てなかった?」 神々しい銀髪に琥珀色の瞳をしたクロスが、空のセレナに向けて両手を突きだしていた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |